酒造道場 仙人蔵

仙人蔵とは

すべてを手作業で行う。
酒造りの基本と精神を学び、伝統の技を継承する「仙人蔵」

2005年春、高清水中仙蔵(大仙市中仙町長野)が、最後の仕込みを終えました。縁があって初桜酒造店からの営業権譲渡をうけ、平成3年から14年間、吟醸酒や純米酒といった高級酒の製造はもとより「特撰」などの仕込みも担ってきました。 中仙蔵の位置する仙北平野は、県内有数の米どころであり、豪雪地帯でもあります。雪にたたずむ酒蔵の風情とぬくもり、寒の厳しい冷え込みは、何ものにもかえがたい財産でした。しかし、中仙蔵の泰然とした時の歩みも、業界や社会環境の急速な変化には抗しがたく、賃貸契約の終了を機にその短い歴史の幕を閉じたのです。

2005年秋。本社蔵の中に一つの小さな蔵が復活しました。 その名は「酒造道場仙人蔵 (さけどうじょう せんにんぐら) 」。高清水の歴史を 現代に伝える手造りの蔵です。1953年(昭和28年)の建設で、古い柱や梁 が、当時そのまま残されています。厳寒の冬、ここで蔵人たちは、今では希少な昔ながらの道具を 使い、伝統の秋田流寒造りを体得します。 中仙蔵で活躍した蔵人の技を継承 し、次の時代に伝える思いをこめて中仙人(なかせんびと)から「中」の字をとり 「仙人蔵」として蘇りました。今ある酒に磨きをかけるために。蔵人が心身ともに研 鑽を重ね、秋田の伝統の酒造りをより深く知るために。 そして未来に続く「新たな伝統」の醸成のために。高清水の時を超える願いを、この 蔵にこめました。先人たちが遺してくれた酒造りの心と伝統。そのすべてを引き 継ぎ、蔵人一同よりよい酒をめざします。

仙人蔵の再生は、中仙蔵での酒造りがなくては実現しなかったと言っても過言ではありません。中仙蔵の裏手にある長野神社に、顕彰碑が建立されている星野友七翁は、幕末から明治にかけて秋田の酒造技術の礎を築いた人物であり、中仙蔵のあった中仙町長野を、酒造りの伝承のための土地に選び、そこで多くの師弟を育てあげた人物です。後にその師弟たちは、「長野杜氏」とよばれる杜氏集団にまで発展しました。このような土地で培った手造りの技を、本社へ移し、さらに後世へと伝承させる「酒造り道場」の役割を仙人蔵に託したのです。

今後「仙人蔵」は、「日本の物づくり」を継承する「手造り蔵」として、お客様に満足と安心を伝える象徴的な蔵として再生してまいります。お客様に見える酒蔵を通して、酒造りにかける高清水の想いと蔵人の熱意を大切にして参ります。

蔵の歴史
建設(1953年6月~11月)
大 工 畠山賢太郎 棟梁
左 官 岩見良蔵
上棟式 1953年(昭和28年) 6月30日
竣工日 1953年(昭和28年)11月21日
一期改修(2005年8月~9月:酒造道場)
設 計 日建設計コンストラクション・マネジメント
施 工 三井住友建設
竣工日 2005年9月26日
二期改修(2006年8月~10月:ギャラリー・やすみ場)
設 計 日建設計コンストラクション・マネジメント
施 工 三井住友建設
竣工日 2006年10月18日
使用目的の変遷

1953年(昭和28年)の建設当時から、精米所として使用。1958年頃(昭和33年頃)から、吟醸蔵へと使用目的が変わる。その後、吟醸蔵を本社一号蔵へ移設したため、高清水で初めての純米酒(現在の「上撰純米酒」)の仕込みを行うようになった。仕込みは、2tの開放タンクを用いており、純米酒の他冷用酒である「吟撰(現在は終売)」などの高級酒の仕込みを行ってきた。御所野蔵の稼働とともに、その役割を終えつつあったが、「酒造り道場」構想がもちあがり、今回の改修工事となった。

改修の主な特徴

作業場(2階天井高までの吹き抜け)については、土間、天井、モルタル壁、腰壁などの清掃、補強、改修、塗装を適宜おこなっております。建具は、できるだけ既存のものを残し、建材、塗料についても、環境に充分配慮し作業をすすめました。既存の木部(壁、柱、針、斜材)については、清掃と補強を行い、柿渋の塗装をおこないました。
醸造用タンクは、中仙蔵において数々の栄誉を築き上げたものを移設いたしました。

仙人蔵MAP

仙人蔵1階
仙人蔵1階
入口
入口
入口
入口
酒造道場
酒造道場
酒造道場
酒造道場
酒造道場
酒造道場
やすらぎ場
やすらぎ場
やすらぎ場
やすらぎ場
仙人蔵2階
仙人蔵2階
資料館
資料館
資料館
資料館
資料館
資料館
資料館
資料館