第10話まで掲載中 第11話「俺の息子」 第12話「昔の彼氏」 最終話「日本酒バンザイ!」
       
 
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<オフィスの活気に満ちたざわめき>

部下1: あのー、課長。実は今日、子供の誕生日なんですけど、先に帰らせていただいてよろしいでしょうか。

課長:えっ?あー、ごめんなさい。何の話だったかしら?

部下1:息子の誕生日なので、早めに帰れないかと。

課長:構わないわよ。その代わり明日は私のサポート、しっかり頼むわね。うちの会社のイメージを代理店に伝える大事な会議なんだから。

<オフィスのざわめき、一瞬高まり、元にもどる>

部下2:よかったな、あの課長がこんなあっさり帰してくれるなんて珍しいぜ。何しろ仕事と結婚したような人だもんな。

部下1:だけど今日の課長、いつもと違ってたな。どっか上の空でさ。

<BGMに和風の音楽が流れる店内>

仲居:いらっしゃいませ。どうぞ、こちらのお部屋です。

課長:あ、待ってたわよ。先に日本酒やってたけど、あなたは?

友人:いいわね、私も同じのもらうわ。それで何なの、急な相談って?

課長:あなた、覚えてる?短大の時、私が付き合ってた人。

友人:勿論、覚えてるわよ!ほら、名前が何だか時代劇っぽい・・・。

課長:神宮寺竜之介。彼、バンドやってたから、私も最初は芸名かと。大学のニューミュージックサークルの三年生で、アリスのコピーがとってもうまくてね。


<アリス「夢去りし街角」の一節が流れてきて、続く>

課長:学園祭のライブがきっかけだったわ。そのあと懇親会があって、彼が私に話かけてきたの。

若い男:君、アリス好きなの?すごく熱心に聴いてくれてたけど。

若い女:え、ええ。大ファンなんです。

若い男:だったら僕たちの演奏では物足りなかったんじゃない?

若い女:そんなこと!すごく気持ちがこもってて良かったです!

若い男:ほんと!じゃあさ、来週、別な会場でライブやるから来ない?

課長:それから何度も聞きに行き、打ち上げにも誘われメンバーとお酒を・・・・生まれて初めて日本酒飲んだのも、あの時だったわ。

若い男:僕は音楽にずっと関わっていたいんだ。音楽で何かが変わる瞬間を見たいから。

若い女:何かが変わる瞬間、ですか?

若い男:今のままじゃ、この世界はダメだ。きっと変わるべき時代がくる。その時、音楽はきっと変革の象徴として鳴り響くはずなんだ・・・・僕は、その瞬間を君と一緒に見てみたい。

友人:うわー、物凄いクドキ文句!

課長:もう、茶化さないでよ!

課長:・・・・実はねえ、彼が会社に来るのよ。

友人:え、どういうこと?

課長:明日、うちの宣伝戦略を決める会議があって、私が会社の要望を代理店に伝える役なの。広告や宣伝のプロが何人か出席するんだけど 、その中に何と彼の名前があったのよ!あまりの偶然に、もうビックリしたわ!肩書はエグクティブ・ミュージック・プランナー。やっぱり音楽関係の仕事してたのね。

友人:だったら今夜の内に彼のこと調べといたほうがいいんじゃない。

課長:どうやって?

友人:変わった名前だから、検索すればすぐ出てくるわ。このノートパソコンで調べてみましょ。

<パソコンが立ち上がる音、続いてキーボードを叩く音>

友人:神宮寺、竜之介、と・・・・ほら、これそうじゃない?同窓会のゴルフコンペ、彼の出身大学でしょ。

課長:どうかなあ、ゴルフなんてやるタイプじゃ・・・・あ、でも、この写真、彼だわ。あら、やだ。ちょっと太ったわね。

友人:キャプション見て、「ハンディも私生活もシングル」だってよ。

課長:ふーん、彼もまだ独身なんだ。

友人:このブログは?ミュージックコラム「音楽が伝えるもの」。

課長:えー、なになに「音楽の力を甘く見てはいけない。音楽はイメージを伝える最大のツールである。では、メッセージは?勿論、歌詞は力を持っている」。


<それに若い男の声が重なり、課長の声は消える>

若い男:では、メッセージは?勿論、歌詞は力を持っている。だが、やはり”音”なのである。例えば歌詞の意味が分からぬ洋楽を聴いて感動することがある。それは音が人の心に響いているからなのだ。そして、その音がやがては世界を変えうると僕は信じている。

課長:変わってないわね。いかにも彼が書きそうな文章だわ。

友人:あなた、もしかしてまだ彼のこと好きなの。

課長:ずっと忘れてたんだけど、突然明日会うんだと思った瞬間、急に胸がドキドキしちゃって・・・・そうね、会議が終わって、またあのライブの時みたいに私を誘ってくれたら付き合っちゃうかも。

友人:もしも誘われなかったら?

課長:そしたら、今度は私がお酒でも飲まない?って誘ってみる。私だって大人よ、もう時間を無駄にはしないわ。