第10話まで掲載中 第11話「俺の息子」 第12話「昔の彼氏」 最終話「日本酒バンザイ!」
       
 
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<慌ただしく階段を下りてくる音>

洋子:(近づきつつ)やばー、寝坊しちゃった!遅刻しそー!

父:まったく、三十過ぎても学生ン時とおんなじだな。

洋子:年のことは言わないでー!

母:朝食、どうするの?洋子の好きなフレンチトーストだけど。

洋子:ええっ、食べたいけど無理!時間ないから、もう行くわ。

父:待ちなさい。出かける前に、ほら、敏夫に朝の挨拶。

洋子:あー、もうっ!

<チーンと鉦の鳴る音>

洋子:じゃあ、敏夫。行ってくるから。

母: 気をつけてね、そんな慌てると危ないわよ。

洋子:(ドタドタと廊下を遠ざかりつつ)はーい、気をつけますって。

父:やれやれ、化粧もせずに出かけてったよ。あんなんで嫁の貰い手あるのかね。

母:それが、いるみたいですよ、同じ会社の人だとかって。

父:そうなのか?知らなかったな。

母:言いにくいのよ、父親には。そのうち家に連れて来るそうですから。

父:我が娘も結婚間近、か。洋子は今年で三十二だろ。すると敏夫の奴が元気だったら、ちょうど三十ってことだな。

母:あれから十年、早いものね。

父:このところ妙に、敏夫のこと思い出すんだ。勤めてた頃は仕事にかまけて、あいつとあんまり話できなかったろ。それが悔やまれてな。お前の

方とは、どうだったんだ?

母:あの子が大学に入ってからは、私もそんなに。だって山岳部入って、ヒマさえあれば友達と日本中の山を歩き回ってたんだもの。

父:そうだったな。山で遭難とかしなきゃいいんだがと、そればかり心配してたが、まさか交通事故なんかで・・・・。

母:もうやめましょ、その話は・・・・それより、今夜はお仲間とお酒呑む約束してるんでしょ?

父:ああ、大学時代の友人とな。みんな定年で家にくすぶってるみたいでさ。だから日本酒でも酌み交わしながら、少し互いに活を入れあおうと思

ってね。

<ガラガラと玄関の引き戸が開く>

父:ただいま、みんないるか。

母:あら、早かったのね。

父:おい、洋子の奴をちょっと呼んできてくれ。

母:もう寝てますよ。今日から早寝早起きを習慣にするんですって。今朝やっぱり遅刻して上司に叱られたみたい。

父:いいから起こしてこい。大事な話があるんだ。それから酒の用意もな。今夜はどうしても三人で呑みたいんだ。

父:お前、覚えてるか?大学で俺と仲の良かった義彦のこと。

母:今夜の会にいらしてたのね、お元気でした?

父:ああ、日焼けして健康そうだった。知らなかったが、あいつ山登りを趣味にしてるんだな。

洋子:ふーん、敏夫と同じね。

父:今からちょうど10年前の話だ。義彦が一人で山登りしてたら、突然めまいと吐き気に教われ、立ってられなくなって・・・・。

洋子:(かぶせて)典型的な高山病ね、敏夫に聞いたことある。酸素が足りなくてかかるのよ。

父:そのうちに天気が崩れ気温も下がってきた。このままでは死んでしまう思っても、体が動かない。そこに、たまたま大学生のグループが通りか

かった。そして、具合の悪い義彦を交替で背負って下まで運んであげた。後で礼をしたくて名前を聞いたが、当り前のことをしただけですから、と
何も告げず立ち去るのを見て、「今時の若者は」なんて言ってた自分が恥ずかしい。日本はまだまだ大丈夫だ、と義彦はえらく感動したそうだ。

母:あなた、それって、もしかして・・・・。

父:その山は10年前、敏夫が交通事故に遭う直前、登った山と同じだった。ただの偶然とは思えなくて、敏夫の山岳部の友人に電話して確認した

。(涙声になりながら)間違いない。義彦を助けたのは敏夫たちのグループだったよ。

母:あなた、泣いてるの?

父:ああ、だけど悲しくて泣いてんじゃないぞ。俺は嬉しいんだ。誇らしいんだ。仕事ばかりでろくに会話もせず、俺はあいつに親らしいことを何

一つしてやれなかった。なのに、あいつは立派な男に育ってくれていたんだよ。

洋子:(泣きながら)お父さん・・・・。

母:(涙をこらえて)洋子、仏壇から写真もってきて。

洋子:うん。

母:今夜はあの子と一緒に、家族みんなで呑みましょう、ね。

洋子:(近づきつつ)お母さん。はい、敏夫の写真。

母:これで全員そろったわ。洋子、敏夫にもついであげて。さあ、乾杯よ・・・・乾杯。

洋子:乾杯。

父:乾杯。敏夫、俺たちの子供に生まれてきてくれて、ありがとう。