高清水のこだわり 美味しい酒を造ることへの追求

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高清水の歴史

高清水の沿革

高清水誕生前
    1656年 菊谷善右衛門が久保田町(現秋田市)中通町に創業
銘柄:菊水
  1837年 橋本又右衛門が久保田町(現秋田市)手形新町に創業
銘柄:國粋
  1860年 高堂兵右衛門が久保田町(現秋田市)川反一丁目に創業
銘柄:程よし
  1871年 初代・野口周治郎が秋田市上通町に創業
銘柄:親玉
  1895年 廣島新之助が河辺郡牛島町(現秋田市牛島)に創業
銘柄:松舞鶴
  1900年 廣嶋豊治が秋田市酒田町(現旭南二丁目)に創業
銘柄:末廣
  1902年 平川謙治が南秋田郡戸賀村(現男鹿市戸賀)に創業
銘柄:里能井
  1905年 岡部正之助が河辺郡戸島村(現秋田市河辺)に創業
銘柄:戸島川
  1915年 太田慶助が南秋田郡船越町(現男鹿市船越)に創業
銘柄:八龍
  1915年 近藤兵蔵が南秋田郡北浦町(現男鹿市北浦)に創業
銘柄:琴廼湖
  1918年 高橋周吉が南秋田郡船川港町(現男鹿市)に創業
銘柄:金的
  1921年 伊藤養之助が南秋田郡飯田川町に創業、
その後、鐙源次郎、諸橋竹次が社長になり営業
銘柄:飯田川
  1944年 8月1日秋田酒類製造株式会社設立 (社長 先代野口周治郎)
【24酒造業者で始めるが、12酒造業者が残り現在に至る】
高清水誕生後
    1944年 8月1日秋田酒類製造株式会社設立 (社長 先代野口周治郎)
【24酒造業者で始めるが、12酒造業者が残り現在に至る】
「高清水」のラベル
「高清水」のラベル
「千秋桜」のラベル
「千秋桜」のラベル
山田五十鈴の粋な「高清水」ポスター(昭和28年制作)
山田五十鈴の粋な「高清水」
ポスター(昭和28年制作)
  1947年 酒銘を『高清水』、『千秋桜』と公募により決定、応募5,037点
  1950年 本社、新工場(1号蔵、2号蔵)落成
  1952年 3号蔵、精米所、壜詰工場竣工(1963年焼失)
  1953年 4号蔵、事務所増築落成
  1953年 秋田県内の酒類需給調整を円滑に行う為、姉妹会社「秋田酒販(株)」を設立
  1955年 5号蔵落成
  1961年 落差を利用し、醸造工程順に下へさがる立体性ある「富貴蔵」落成
(四季醸造はできないまでも醸造期間を延長できる冷却、換気装置を完備)
1967年に増築し貯酒能力を(1万石)にする
  1963年 第2工場ボイラー室落成
  1970年 新壜詰工場(1.8L壜・5,000本/時 小壜・6,000本/時の設備)・第1調合室落成(600石タンク2基・200石タンク2基・150石タンク4基設備)
-これにより年間10万石までの出荷能力が備わる-
  1970年 生産能力拡充のため、2号蔵を改築し蔵の醸造能力を約2万石にした
  1973年 第2調合室落成(1200石調合タンク3基設備)
  1974年 ボイラー室竣工
  1975年 500石屋外タンク6基完成
  1976年 壜詰能力が需要期に限界になるのを恐れ1.8L壜の詰能力を向上させる為、壜詰工場を増設し三菱重工製の壜詰プラントを導入(12,000本/時)
  1977年 木材資源の枯渇などで木箱の使用が難しくなる前に、P箱レンタルを主体とする新会社「秋田醸材(株)」を設立
  1978年 不況期ではあったが、生産能力を高める為、富貴蔵に代わる最新鋭の醸造工場「千秋蔵」竣工(醸造能力は約3万石・貯蔵能力は約1万7000石)
富貴蔵は貯蔵庫として活用される
  1983年 多品目化する製品のストックポイントとして、また出荷・配送の拠点として、第2製品倉庫(物流センター)落成
第2製品倉庫2階に1.8L、900ML両用のEPパック(さけパック)プラント完成
  1986年 「千秋蔵」竣工から7年、醸造能力がアップした為「低温冷温新貯蔵庫」を竣工(5℃から20℃までの温度管理が可能で、低温でじっくり熟成させることができ、品質向上につながる)
  1990年 高品質酒の安定供給を図る為、「御所野精米工場」竣工
1993年に精米機を2基増設し合計14基設置(精米歩合70%時の玄米処理能力が50t/日)
  1992年 蔵人専用の従業員寮「清和寮」を新設
  1998年 最新の設備を導入し省力化をはかるとともに、伝統的な手造りの酒造技術を生かし、生酒・吟醸・純米などの高品質の清酒が醸造できる設備を整えた「御所野蔵」落成
  2005年 1953年建設した蔵の古い柱や梁は当時のまま残し、高清水の歴史を現代に伝える手造りの蔵「酒造道場 仙人蔵」として復活